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DAZNの評判に見るメディアの適材適所/ネットワークインフラ素人のニートが語ります

英国資本系のインターネットスポーツ配信サービスのDAZNがしばらく前にスカパーからJリーグの放映権等を10年2100億円で勝ち取ったというニュースをご覧になった方も多いと思いますが、どうやらJリーグの開幕試合配信の評判が今ひとつのようで、そもそも論として「ネットでスポーツ配信って適切なのか?」ということをド素人が考えてみたいと思います。

 

他所様のサイトなんですが、こちらをご覧いただけますでしょうか。

 

netgeek.biz

 

こちらの記事でひろゆき氏が言っているように、インターネット動画配信ってサーバーからクライアント(視聴者)一つ一つに対してかなりの通信量の負担がかかるんですよね。勿論2人見れば2倍に、100万人が見れば100万倍に、1億人が見れば1億倍、同時に見ると限った話ではありますがそれだけ負荷がかかるんです。

 

例えばNetflixなんかは北米のインターネット通信量の30%を超えてるという超巨大メディアになってる訳ですけど、それを配信処理しているのはAmazonが誇るAmazon Web Serviceサーバー群です。有名な話ですが、つまりNetflixAmazonクラウド事業の超お得意様な訳です。

でもですね、Netflixは個人的にはまだマシだと考えてます。高画質な動画を配信していますが、Netflixはオンデマンドという性質を持っているからです。同じ時間にすべての視聴者(というのは言い過ぎですが)がアクセスする訳ではありません。まぁ日本で言うゴールデンタイムとかは相当なものでしょうが。

 

で、一方DAZNです。こちらは話が少々違います。スポーツ中継というのは、その性質上必然的に膨大な数の視聴者が同時に見ることになります。そうなると一気にサーバーに負荷がかかります。勿論DAZNの運営会社は世界最大手のスポーツ配信会社なのでAWSだかGCPだかAzureだかは知りませんが相当な投資をサーバーに対してしてるでしょう。ですが、正直個人的にそれはとても効率の悪いことに感じます。今DAZNフルHD解像度で配信してるようですが、動画の解像度はまだ上がり続けることが予想されます。ビデオコーデックの進化などもあるので一概には言えませんが、4kになると今の4倍、8kになると16倍のトラフィックがインターネットの中に生じるわけです(すごく単純化してるのはご容赦ください)

 

またもやひろゆき氏の言葉に習いますが、衛星放送というものは見てる人が0人でも70億人でも配信側にかかるコストは変わりません。帯域もかなりあって、4k放送はすでに実用化されてます。インターネットのトラフィックは現実的に有限なのです。スポーツ、とりわけメジャースポーツのようなコンテンツは衛星放送が請け負うのがスマートだと僕は考えます。

中年ひきこもりニートの人間関係新規構築の難しさ

人と話がしたい。話が合う人と、落ち着く場所(自宅以外)で雑談とか人生論とかについて話を弾ませたい。スカイプとかLINEとかVoIPじゃなくて(それもいいけど)京極夏彦のルー・ガルー風に言うとリアルコンタクトを取りたい。長谷敏司Beatless風に言うと美少女にアナログハックされたい(それは違う。あながち嘘でもないけど)

 

よく「社会人になると出会いがない」と言いますが、中年ひきこもりはもう本当に出会いがないです。この場合の出会いは男女の出会いとかいう超贅沢品じゃなくて普通の出会いがないんです本当。あんまり家から出ないし行く場所といったら適当に散歩とか図書館とか本屋さんとかだから出会いなんてないです。

 

これでも最近はそれなりに自分から動いたんですよ。引きこもりの会行ったり地域活動支援センター登録して行ったり。でも話合う人いない。要求が贅沢過ぎるのかなぁ。僕の話がつまらなさすぎるのかなぁ。いっそ病院のデイケアに通おうかとも思ったりするんですけど、朝から夕方まで拘束されて大丈夫な自信があまりないです。というとやっぱり地域活動支援センターなのかなぁ、うーん。

 

以前はあんまり人恋しいとか人間関係を豊かにしたいとか思わなくて、一人で好きな本読んでゲームして好きな勉強できてれば幸せっていう簡単な人間だったんですが、どうしてこんなに面倒くさい人間になってしまったのか自分でも正直よくわからないです。でもなんかこのくらいが普通なのかな、みんな大変だなあ。阿良々木君が言ってた人間強度が落ちるってこういうことなのかな。傷物語劇場版見てないけど。

雑誌ってそれ自体が広告みたいなものですよね/みんな音楽の発掘ってどうしてるの?

今日散歩の途中で妙に雑誌を読み漁りたくなったんです。特に音楽雑誌。それで近くにあったローソンに寄ってみたんですけど、残念ながら音楽雑誌はなかったのですが、せっかくだからということで図書館以外ではあんまり雑誌を読まなくなったので気になるのをペラペラとめくったりしたんですね。

 

別に新しい発見ということでもないんですけど、ほとんどの雑誌って基本的に商品やサービスの紹介するものなんだなぁと改めて思いました。言っちゃえば広告に近い存在。なのに一冊数百円する。インターネットのアフィリエイトサイトが雑誌より良質だとは言いませんが、それでも回線代抜きにするとタダで読めるんだからそりゃなかなか厳しいよね、と。

 

でもタイトル忘れちゃったけど春の行楽地特集の雑誌は割と良かったですね。中四国エリアのだったんですけど、普段入ってこないような情報が多くてなかなか目を引かれました。無料のイベントでも交通費とかかかるので貧乏な僕にはなかなか行けないかもしれませんが。

 

話が最初に戻りますけど、音楽雑誌が一冊もなかったのって寄ったコンビニとかタイミングが悪かったんでしょうか? それともコンビニって音楽雑誌をあまり置かないのか、それとも音楽雑誌自体の需要が減ってるのか、イマイチわかりませんでした。最近音楽(プライムミュージックとか無料プランのSpotifyとか)を聞きながらだらだらすることが多くて、バンドとか個人的発掘をしたいと思ったのですがちょっとだけ残念です。今って新しい音楽の発掘はどうしてる人が多いんだろう。まぁ以前より音楽を聞く人が減ってるともいいますけど。焦らず情報を集めてみたいと思ってます。

Twitterやめてみました

僕は2009年からTwitterをやっていました。結構古株のユーザーだし、フォロー/フォロワーの数こそそう多くなかったけれど、結構使いまくってたほうだと思います。色んな出会いがありましたし、Twitterというサービスには基本的には感謝しています。

 

でもやめることにして、アカウント削除の手続きをとりました。まだ上手く言葉にまとめられないのですが、Twitterによって得られるものより失ってるもののほうが大きい、というか大切なような気がしてきたのです。

 

スキマ時間とかもそうですが、それ以上に僕にとってコミュニケーション過多というか、Twitterに依存しすぎるというか、そういうのもあって、あと、自分の現状を変えてみたかったんです。で、生活の中で大きくなりすぎてるものをとりあえずやめてみようと、それでどう変わるのか見てみようと。

 

このままアカウント削除完了(少し時間がかかる)するつもりですが、もしTwitterやってた頃のほうが生活が良い、自分にプラスだと思ったら再開するんじゃないかと思います。けど今のところ特に不自由はしてないです。

 

Twitterをやめた分、他人に伝えたいことはブログで書こうと思ってます。以上です。

最近家の外で勉強とか読書とかしたいけど……

お久しぶりです。

 

Twitterやめてみました。そのことで1エントリ書くかもしれませんがそれは別のお題。

 

僕は某通信制大学、というか放送大学の学部生(全科履修生)をやってます。2016年度後期は持病の具合が良くなかったので休学しまして、今は冬休みですが最低限の勉強はしないといけません。僕は元々家勉派で、家でも勉強や読書や落ち着いた思索のための書斎を持たせて貰っているのですが、最近はモチベーションがやや低めで気分転換に最寄りの図書館へ行って試しに読書をしてみたらなかなか捗りました。

 

せっかくなので、家勉は家勉でやりつつ、時々場所を変えて勉強などをしてみたら効率が上がったり気分転換になるんじゃないかと思ったのですが、そこでちょっと悩み事というと大げさなのですが、少し問題が。

 

机があって空調が効いてて居心地が悪くない場所って、当たり前と言えば当たり前ですけど滞在するのに何らかの形でお金がかかるんですよね。だからお金がかからない場所って図書館ぐらいしか個人的には思いつかないんです。安いファストフードの飲食店で勉強とかPC開いてキーボード叩いたりしてる人たまに見かけますけど、図書館と違って結構おしゃべりしてる人が多くてうるさかったりして。通信制とはいえ学習センターはありますからそこ行ければいいんですけど、結構遠いんですよね。僕は香川県在住なんですが、高松のセンターは結構遠いし、最寄りの教室もあるんですけど車がないとちょっと厳しい距離です。

 

意志・意欲が弱ってる時に、外に出て作業・勉強をするというのはかなり有効だと思うのですが、場所の確保ってちょっとだけ面倒だなあと思う最近です。

これからコンテンツ制作でご飯は食べられるのだろうか

ちょっと話題には乗り遅れ気味ですが、某芸人兼絵本作家さんの炎上煽り気味の、ご自身の絵本をネットで無料公開するという行為、それに関する論争などが話題になりました。

 

僕は最近コンテンツをろくに制作しておらず(まぁ元から小説のようなものをたまに書いていた程度ですが)ほぼ消費オンリーの生活を送っているのですが、時々、「これからコンテンツ制作、いわゆる専業作家・専業クリエイターで食える人ってどんどん減っていくんじゃないかな?」と思ったりしてます。

 

前提として、創作は素晴らしいことだと思ってます。技術・知識・経験・価値観などの人間が持つ様々なものを凝縮して作られたものは時に他人の人生にまで影響を与えたり他人を救うことさえあります。そうでなくとも、その行為自体がとても素晴らしいことだと僕は言いたいです。

 

ですが、インターネットやコンピュータや各種センサーなどのデジタル複製・流通技術が進むにつれて、コンテンツ自体ではかえって収益を上げにくくなってるのではないかと思ったりするのです。素人考えですが。

 

以前似たようなことを書きましたが、コンテンツを消費するコストはかなり下がってきてると思います。動画なら、NetflixAmazonプライムビデオ、Hulu、dtvなど月額1000円前後かそれ以下で膨大な数の映画・ドラマ・アニメなどを見ることができます。

活字の本に関しては、最近の図書館はベストセラーや売れ筋の本などをかなり積極的に書架に入れて貸し出しています。電子書籍のセールなどもありますし、褒められた行為ではないですが違法コピーもあります。漫画もレンタルコミックなどが盛況です。日本国内では漫画は活字以上に違法コピーの被害を受けてるのではないかと推測します。

音楽も同様に1000円ほどで膨大な楽曲が聴き放題のApple Music、SpotifyGoogle Musicなどがありますね。

ビデオゲームに関してはまだかなりお金が物を言いますがSteamやPS Storeのセールで以前より安く手に入りやすくなったのではないでしょうか。

 

ちょっと論点がズレてきてしまいましたが、何を言いたいかと言うと、消費者は非常に低いコストで一生かかっても消費しきれないほどのコンテンツを享受できる時代に、コンテンツ販売だけで生計を立てることはかなり困難じゃないかと思うのです。まぁ昔から作家で食えてた人はごく一部なのですが。

 

あくまで僕個人の考えですが、これからクリエイターを目指そうという人は創作物の収益だけに頼らず、他に収入源を作っておくのがいいんじゃないかなぁ、と思ったりします。

行く末を思うとため息が出ます

最近父からちょくちょく話があるんですが、父はいずれ僕をグループホームで生活させるつもりのようです。

確かに僕がアパート等で一人暮らしをするのは少し、いやかなり不安な面があるのですが、現状のグループホームは非常に困ります。

大学と大学院は、まぁそれまでになんとか修了して、作業所にでも通いながら自分なりに勉強・研究を続けていけば問題ないです。頑張らないといけませんが。

最大の問題は、固定のネット回線(光)が引けるグループホームがほとんどなさそうなことです。僕はネットへの生活の依存度が非常に高く、おそらく月に数百GBの通信を行っています。これをさばききれる回線は現状、固定の光しかありません。

しかし、グループホームは住民の性質上、固定回線を引けるところがほとんどありません。今の時代ネット回線は生活インフラだと思うのですが……。